雨に願う

空は重たく薄墨色に曇り、いつ雨が降り出してもおかしくない。雨が降ればあの人は来ないことを知っている。雨にどうか降らないでくれと願う。

私の願いを聞き入れてくれたのか、雨は降らずにいてくれた。 あとはあの人が訪ねて来るのを待つのみだ。待ちかねて、窓からひたすらに道を眺める。

あの人が角を曲がってこちらに向かってくるのを見つけて、声をかけようかと一瞬思案した。けれど、静かに眺めていたくて、声をかけずに、近付くあの人を惜しむように眺めた。あの人は下を向いて歩いていて、私には気がつかない。

家の前まで来たあの人は、すぐには戸を叩かなかった。胸元に持ってきた左手に、金の輪が光る。あの人はそれを抜き取り、懐に秘めた。

あの人は私だけのものではなくなった。 いや、最初から、私のものなどではなかったのだ。そんなこと、最初から知っていたはずだった。

やがて、雨が降り出した。屋根を静かに叩く音に気付き、あの人の耳に入らないことを願った。しかし、その願いも虚しく、あの人は遅れてその音に気付いた。窓の外を見て、わざとらしく怪訝な形に眉をひそめると、ひどくならないうちに帰ると私に告げた。あの人は私の傘を攫っていった。

愛想良く笑って手を振り、戸を閉める。それから、窓から遠ざかるあの人の後ろ姿を見送った。雨靄の中に消えていくあの人と、窓に映った惨めな顔。どちらを見ればいいのか分からなかった。

私が雨に降らないでくれと願った頃、あなたは雨に降ってくれと願っていたのだろうか。