からから
川辺の風は切り裂くように冷たく、だんだんと頬や耳の感覚が奪われてゆく。僕は言わずにはいられなかった。
「遠くへ行きたい。」
「遠くって、どこ。」
「僕のことを知る者がいないような、とにかく、遠く、遠くにあるところだ。」
僕は一瞬口篭って、また。
「つまり、……」
「ほら、見て。白鷺。それと、青鷺も。」
彼女は視線を川へ注いで、静かにはしゃぐ。そこには真っ白な鳥と、白とも黒ともつかない、掠れたような色をした鳥がいた。
「どこが青だ。灰色じゃないか。」
「でも、綺麗。」
鳥たちはこちらをまるで気にしていないようで、ちらとも見ない。すると、白い鳥が灰の鳥をつついた。逃れるようにして、灰の鳥は空高く舞い上がっていった。胴は白く、翼の内側は闇だった。風をつかまえ熟すその姿は、甚く優雅だった。
「気持ちが純粋だからこそ、手を黒く染めてしまう。僕はそういう人間だ。」
「一見、清く見える者ほど心が汚れている、とでも。」
彼女は力なく笑って、
「僻みね。」
「……そうだ。」
しばらくの間、僕たちは薄暗い空へと消えてゆく灰色の点を眺めた。
「ここは、遠くではないの。」
昨日、夜行列車で八時間ほどかけてこの地にやってきた。
「……もっと、遠くだ。」
「四国?」
「もっと。」
「九州?」
「もっと。」
「北海道?」
「もっと。」
「外国?」
「もっと。」
「では、ここ。」
「でも、」
先回りするように、
「誰も、知らないわ。」
彼女は何気なしに言ったが、ひしひしと堪える。
「まるで、回し車だ。」
「そうね。」
すぐそこにある白い頬は、寒さに紅味がさすどころか、まるで透き通るように青みがかっていた。唇の灯火も、ゆらゆらと消え入りそうだ。錆びた手すりに添えられた、白く細い指。僕は縋るように手を重ねた。その冷たさは手すりとまるで変わらず、不安になって力を込めた。冷たく柔らかなそれは、まるで雪だった。