シリウス

Pm9:00

水貴は日課の散歩に出た。冷たい一吹きの風が吹き付けた。どこか懐かしい匂いがして、瞳が潤む。見上げた空はすっかり澄み渡り、星がよく見えた。

まだ夜になったばかりだが、街はすでに静けさに包まれていた。いつものように川沿いの道を歩いていると、時折、すすきたちがからかうように白い顔を揺らした。

次第に風が強くなり、草や木々が騒ぎ始めた。すると、一筋の光が空を走った。流れ星かと思ったが、単なる流れ星ではないようで、未だ消えるようすはなかった。落ちる、落ちる。まだ落ちる。落ち続けて見えなくなったかと思うと、川の先で一瞬、青白い光が大きく放射状に広がり、やがてしぼんで消えた。それに少し遅れて、どっと重量感のある風が水貴の正面から押し寄せた。地上へ落ちたのだろう。水貴は走って光の落下地点を目指した。

しばらく夢中で走ったためか、耳と頬が痛むほど冷えていた。だが、土手の草むらの中に青白い光を見つけると、痛みなど水貴の意識の中から消え失せた。階段のない土手の急な坂を、器用に滑って降りる。光源の沈む背の高い草をかき分けると、器を必要としない水のように青白い光は宙をたゆたって、覗き込む水貴の顔に満ちた。

草の根本にたどり着くとそこには、自ら光を放つ、砕けた氷の欠片のようなものがあった。おそるおそる指先で触れてみる。温かい。人肌より少し高いくらいだろうか、熱を持っている。手にとって両手で包み込んでみるが、青白い光は行き渡る体積をそのままに、易々と手を通り抜けた。

だがしばらくすると、水貴の掌の中で光はどんどん弱くなっていき、やがてすっかり消えてしまった。掌には冷たい石だけが残った。水晶のようにも見えるが、仄かに青みがかっており、透き通っている。透明というには青みが強く、空色というには青みが弱い。水色。それが一番しっくりとくる。水色と言っても、絵の具や折り紙の水色とはわけが違う。きっと本物の水のように、極小さな一片のみならば透明にしか見えない。ある程度集まって、やっと青みがかかる。本物の水色だ。

遥か頭上の彼方では、オリオン座の三ツ星を東へ伸ばした先の一際明るい星が、何かを探しているかのように光の筋を増やして瞬いている。冷たい風が、懐かしい匂いを乗せて水貴の頬を撫でた。もうじき冬がやって来る。